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ECDの批評には教育欲が詰まってる

ECD跡地
ECDの教育的コラム

☆まえおき
今回の記事、読む人が読めば「神のみぞ知るセカイ」につながってるのかもしれませんが、とりあえずは関係ないです。途中18禁のページにリンクをはる予定なので、18歳未満は踏まないように!
といってもこのブログ、常連さんは私より年上な人の方が多い感じですが…

☆全部渋谷陽一が悪いんや!
音楽評論家渋谷陽一氏のワールドミュージックナウでロックに出会って以来、だんだん批評や評論にのめり込むようになったって人は私だけじゃないはず。

それが高じて卒論で音楽評論やろうとしてダメ出しくらい(曰わく文学部でやれ、うちは音楽教育だ)、なぜか大阪の某劇団の空間論に行き着いてしまったのは私くらいでしょうが笑。(それにしてもなぜロックがダメで演劇は大丈夫だったんだろう…謎。)

そんな幅広い年代にいるであろう、「全部渋谷陽一が悪いんや!」的な理屈っぽい音楽ファン(多分若木先生も渋谷陽一氏の洗礼うけてる)に「ECD」って知ってる?と質問したら、日本のラップミュージック創生期を支えた偉大なミュージシャンの名前が返ってくるのでしょうが…
私は1人の批評好き(主に読む側ですが笑)として、自信を持って「ECD=エロゲカウントダウン」と答えますっ!

☆批評がカルチャーに与える例として、ECDはもっと評価されるべき。という勝手な持論
愛ってすなわち価値評価の基準で「聖地、聖典として機能している」と書いたエロゲレビューサイトがエロゲカウントダウン(以下ECDと略します)な訳ですが、「文化の進むべき道を示す」という批評の役割を考えた時、ECDの批評は完璧にその役割を果したという点で、もっと注目されるべきだと思うのです。

ECDが更新されていたのは1998年~2005年。感動的なシナリオや反則気味なギミックでプレイヤーを泣かせる「泣きゲー」や、キャラクター重視の「萌えゲー」が台頭し、エロゲの本質であったはずのエロの要素が重視されないゲームが人気を集めた時期と重なります。

が、ECDは量産される「泣きゲー」「萌えゲー」を一蹴し、最高の「エロ」を追究しようとしたサイト。エロゲユーザーというマイノリティな世界の中でも更にマイノリティだったんですな。

しかもその「エロ」が…かなりマニアック。ぶっちゃけていうと精液(ECDでいうところの汁)フェチ。女の子に汁がかかってるCGの出来次第で評価がかわる。しかも、そのテのフェチゲーで多い陵辱系じゃなくてラブラブな関係の中での汁を求めてる。(ECDでいうところの「ラブ汁」。ギブアンドテイクな関係が理想だそうな。)

そんなマニアック過ぎる方向に偏っていたにも関わらず、超大手エロゲレビューサイトとして数十万アクセスを叩き出したのは、管理人pero氏の抜群に面白いテキストのおかげでしょう。
ですが、彼のテキストを批評として読んだ時に見えてくるのは「これから作られるべき(汁)エロゲ」の指針を、ユーザー側のみならず制作者を意識して書いていた、ということ。
これからのエロゲの未来をしっかり考えて、自分が信じる方向性に導こうとする。斎藤孝さんがいうとこの「教育欲」がECDには詰まってるのです。この特盛り「教育欲」こそが、他のエロゲ批評、ひいてはサブカル批評と一線を画してるところだと私は思ってます。

確かに00年代に入って以降、ネットの普及もあって、エロゲも含むオタク系カルチャーに関する批評や評論ってのはたくさん出てきました。
しかしその多くはユーザー側の自己主張に終始しているか、「オタク系カルチャーを通して現代社会を読み解く」的なアカデミックな視点の物ばかりの印象です。2次元世界の隆盛ではなく3次元世界に視点が向いているのです。
そんな中で、あくまで2次元世界の未来を模索したpero氏の教育欲、そして2次元世界への愛は希有なものだったと思われます。

☆今も受け継がれるECDの精神
エロゲカウントダウンの作り方でも
>2000年辺りはそれらレビューサイトでの嗜好なり主張なりが、ブランド側からフィードバックされてきたのだ。汁ゲも一気に増えた。これが世界の狭さの強み。この頃はサイトをやってて充実感があった。
と書いてあるように、ECDで主張されたことがそのままゲームに反映され、実際に「汁ゲー」というフェチジャンルが生まれていったわけですが、2ch人口の拡大、そしてECD閉鎖によって勢いは失速していったように思われました。
しかし実はちゃんとその精神は生きていて、また新しいゲームが生まれようとしているんです。そんなECD跡地を聖典として、シビアに汁ゲーを追求してるのがココ。
(18歳未満立ち入り禁止!)
汁/顔射/射精の凄いエロゲ Part4

「始皇帝」もといpero氏が残した言葉を基に、熱烈に汁ゲーを求める男たちの姿がここに!
この格言、ECDの理念をめちゃくちゃわかりやすく示しているのですべて引用しておきます。

始皇帝格言
『顔出し、汁のみならず、人間も描くべし。性格を考えざる汁場面、悉く「こんなに出たね・・・」「暖かい・・・」、愚の骨頂なり。』
『顔出し、こちらから問う前に、「顔に出したい?」と聞く女子、以て生涯のパートナーとすべし。』
『顔出し、口を開けて待つ女子、もって聖女なり。』
『顔出しの極意、範囲よりも密度なり。』
『顔出し、斜め一文字に走る汁、時にぶっかけに優る。』
『始め拒絶し、やがて顔出しを許す女子、いとかわい。』
『顔出し、顔アツプにあらざれば塵に等し。』
『顔出しの後、必ず会話を用意すべし。』
『顔出し、女子の信頼感を大切にすべし。』
『顔出し、女子の顔、男茎に近づけるべし。』
『顔出し、さりげなくよき場所に顔を動かす女子、愛す甲斐あり。』
『散らしつつ集める。これが顔出し画の極意と心得るべし。均等に広がるべからず』
『顔出し、口だけでなく、舌も出して待つ女子、菩薩なり。』
『汁の色は生命の色なれば、寒色を避けるべし。白、水色は黄、乳色に如かず。』
『汁の色、透明度高くなれば、息子低し。』
『汁絵、汁は液体にあらず、固体と想い描けば、おもしろき画現れるべし。』
『クレージユの如き自然の汁、聖少女の如き誇張の汁、ともによさあり。』
『全身に降り注ぐ汁、諸刃の剣なり。』
『口で悦ばせる際、睾丸に手を添える女子、一国一城を与えるべし。』
『口出し画、技術的に高度なり。見せ方に智慧無くば、あってなきが如し。』
『射精なき口淫場面、万死に値すべし。』
『汁を「飲む」と言わず、「食べる」という女子、これもまたよろし。』
『汁絵、発射時よりも、発射後に重きをおくべし。』
『真に汁のために心尽くされた作品、古今東西、未だ見ず。』
『汁ゲエム、汁絵を極めて半分の成果と覚えるべし。女子を、世界を描くこと、残る半分なり。』
『理想のゲエム女子、主人公から三歩下がってフエチの影を踏まず。』
『汁画、鼻ちょうちん、口シヤボンのごとき奇矯な見せ方、未だ稀少価値なれば試す価値あり。』
『ザアメンフウド。漫画では散見するも、ゲエムでは未だ見ず。さりとて技術的に困難なれば致し方なし。』
『女子同士の汁交換、これもまた希少価値なれば試す価値あり。』
『片方の鼻に入れ他方の鼻より出ずる汁画、商業ゲエムで未だ見ず。試す価値あり。』
『歯みがきフエラ。全ての作品で装備すべし。』


ここまで、「良いゲーム」の基準を明言した人が、ほかにいただろうか。
そして、それを後継者に受け継ぎ、新しいゲームにつなげたひとがいただろうか。
やっぱりECDは偉大だし、ゲーム史サブカル史に残すべき批評活動を行ったのだ!と私は全面的に支持しますよっ!たとえ信者脳だといわれようとも、私を洗脳したpero氏の力がすごいってっことなんだよっ!
アカデミックなサブカル評論書いてるひとも、こういうアマチュアでありながら重要な批評活動を行ってる人をとりあげて欲しいわね。もうkeyは食傷気味よ…
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[ 2008/12/01 21:16 ] ギャルゲ(エロゲ)とか | TB(1) | CM(0)

愛ってすなわち価値評価の基準

☆愛、悟っちゃいました…?
「お茶にごす。」の3巻を読んで、私に愛を教えてくれ、部長さんっ!と叫び。
「阿修羅ガール」の第一部、全世界的な愛と自己愛の葛藤に心打たれ「愛が足りねーんだよ、愛が!!」とノートに書きなぐり。
説教くさい、あんた何様?と一部読者の失笑をかいつつも、ニュートラルな愛を表現し続ける新井理恵様の言葉の数々を再発掘して感慨にふける。

…そんなことばかりしてたら3連休が終わってしまった。舞城王太郎、いままで何作か読んだもののピンとこなかったのだけど、「阿修羅ガール」めっちゃいいやんっ!!舞城王太郎と佐藤友哉(ポスト舞城とか言われてる)やったら断然ユヤのが好みやなーと思ってたけども「減るもんじゃねーだろとかいわれたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。返せ。」っていう最初の一文でよい予感が走ったのですよ。愛やら恋やら言ってても、結局は自分のことしか考えてないやろー。この偽善者が。なんて一瞬でも思ったことある方には読んでほしい作品かも。

で、じゃあ愛って具体的にはどういうことなん?と自問自答するもそんなの答えなんか出るはずもなく笑、「阿修羅ガール」でアイ子が○射されそうになるシーン読み返してたら、○液の描写にこだわりぬいて1つのジャンルを作り上げてしまった偉大な評論家を連想してしまった。(もうこの思考回路が完璧な信者脳やね。これくらいやないと作者のおっかけなんかできませんわ、ということでっ笑)

で、何気なく彼の残した評論を聖典とする某フェチスレを読んでたんだけど…なんだあのクオリティの高さは!あそこまで評価基準がはっきりしてて読み応えがあるスレッドってなかなかないぞっ!!
断っておくと、私は別に○液フェチじゃないですよ。エロゲだって片岡ともの純愛系のテキストが好きで興味もったわけで、いわゆる抜きゲは未体験ゾーン。そんな私でも、明確な価値判断の基準にそってゲームにおける○液描写を語る彼らの書き込みはとてつもなく面白く感じられたのですよっ。

ここまで「傍から読んでても面白い」スレッドになってるのは、聖典を書き、だれにでも理解できる価値判断基準を作り上げた彼の功績が大きいでしょう。誰一人として先駆者がいない中、「こういうゲームが良いゲームである」と、並々ならぬ説得力をもってプレイヤーのみならず製作者側にもアティチュードを示したのはとても画期的。もはやただの変態とはいえません、私は笑。特殊なフェチはとかくノーマルな人々から避けられる傾向にありますけど、自分の好きという感覚に客観的な視点を持ちこんで判断基準を見極め、人にそれを伝えることができる…これを愛といわずなんといおうかっ!!
「好き」というあいまいな感情、これをだれにでもわかるように判断基準を示して、「好き」をかたる。これこそ私が求めてた「愛」なんじゃなかろーか。ちょっとわかっちゃったぞ、私っ笑。

ニッチなセカイではあるけれど、聖典と聖地を残した彼は、そのセカイでは紛れもなく「神」だったんじゃなかろうか。そこに「神のみぞ知る」セカイがあったかどうかは、今の私にはわからないけれど。
そう考えると、桂馬が「神」であるセカイ=ギャルゲーってものすごく広いなぁ…


…と、勢いでエロゲ評論から「愛」を悟った体験を書いてしまいましたが、いざ読み返すと○射とか○液とか普通にかいてて思わず赤面してしまったので伏字。(論戦中に勢いで「そんなの演奏者側のオナニーじゃないですかっ!!」と叫んでしまい空気が凍りついたことがいまだにトラウマなんである)
まだまだ「愛」の領域には遠いなぁ…
神のみぞ知るセカイおよび若木先生への「好き」をなんとか形にすべく、毎回文章をつづっております。いつか「好き」が「愛」になれる日を目指して、日々精進。読みに来てくださってる方、しばしお付き合いくださいませ。

[ 2008/11/25 19:55 ] ギャルゲ(エロゲ)とか | TB(0) | CM(2)

神のみぞ知るセカイについて知りたいっ!①~ギャルゲとエロゲって何?~

☆そもそもギャルゲとかエロゲってなんなのさ
神のみぞ知るセカイは言うまでもなく、桂馬のゲーム理論が重要な要素になってます。
ゲーム、それもギャルゲー。
私は数はこなしてませんけど、ギャルゲ(エロゲ)と呼ばれるゲームに多少触れていますし、それらに明るい評論家東浩紀氏のファンってこともあって黎明期~現在までのギャルゲ(エロゲ)の特徴もある程度は把握してるつもり。

ですが、ギャルゲ(エロゲ)を全くやったことないっていう神のみ読者も多いはず。(特に意外に多いと思われる女性読者は…私も性別的にはそのはずなんだけどねー。)勿論神のみぞ知るセカイを読む時、ギャルゲー=2次元美少女との恋愛を楽しむゲーム、くらいの認識で何の支障もないんですけど、桂馬がどんなゲームをやってるのか、さまざまなギャルゲ(エロゲ)の構造だけでも知っておくと楽しみも広がるんではないかと思うわけです。
エロゲをやったことあるっていっても、選択肢が少ない、1本道の紙芝居系ADVしか知らないって人も最近は多いんじゃないかしらん?そういう人には「女の子の居場所にはアイコンがある」といわれてもピンとこないんじゃないかなぁ、とおもってこんな記事を企画してみました。

…といっても、私が実際にプレイしたことがあるのは約12本のみ。(完全クリアとなるともっと少ない)基本的に書いてることは東浩紀氏やらECDやらその他サブカルチャー系評論(及び2ch…)の受け売りと思っていてください。なるべく出典は明記します。

☆ギャルゲーとエロゲーの違いって?
そもそもギャルゲーの定義も大きく分けて2つある。
1つは、18禁でない、2D美少女が登場し、恋愛要素が絡むゲームをギャルゲーとする場合。
もう1つは、18禁のものも含めて、2D美少女ゲーム全てをギャルゲーとする場合。


一般的には1つめの定義で使われることが多い印象。2つめは東浩紀氏をはじめとしてサブカル系の評論なんかでよく使われます。

桂馬が言ってる「ギャルゲー」がどちらに属するのか、は定かではありませんが、まぁ少年誌的に考えて1つ目の解釈ってことなんじゃないでしょうか。
しかし、現実(この場合桂馬にとっての3D世界じゃなく、私たち読者の3D世界の意)では純粋なる「ギャルゲ」はほとんど出てません。18禁でない美少女ゲームのほとんどは、PCエロゲがコンシューマーver.として家庭用ゲーム機でリメイク(18禁のシーンが削られる)されたものです。
もちろん、最初から18禁抜きで作られた「ギャルゲー」もありますけど、発売数はエロゲに比べると圧倒的に少ないっ!
以下、時間あるときに追記します…

☆次回予告:神のみぞ知るセカイについて知りたいっ!②では…
まだ①もできてないのに次回予告。
FLAG6で「ギャルゲーにゲーム性なぞいらん」と言ってましたが、じゃあギャルゲーにおけるゲーム性ってなんなのよ、って話をしようと思います。これもいろんな解釈があるだろうけど、わかりやすく示されたECD基準にのっとろうかと…。
[ 2008/11/22 23:32 ] ギャルゲ(エロゲ)とか | TB(0) | CM(0)

格好つけたい

PEROさんと東浩紀さんの美少女ゲーム評論読み比べる作業に没頭中。ま、被ってるのってONEくらいしかないけど…

2人とも評価基準は違う。PEROさんはエロゲのエロこそが最大価値!汁が全て!で、そこに至るまでの描写のうまさがオプション。プレイヤーを楽しませてなんぼやろっていうスタンスなんですな。

やから、ONEに関しては前半のキャラと主人公のやり取りの面白さには高評価、後半のいきなり主人公の存在を消して表面的な演出で泣かそうとする制作者側のあざとさに怒り心頭なご様子。

主人公が消えてしまう、永遠の世界う設定の意味解釈に熱狂し熱中した人が多かったなかで、PEROさんの発言は貴重だったのではないかと思います。

対して東さんは、永遠の世界の設定…つまりメタ的視点…によってプレイヤーをゲーム世界に取り込むという構造を評価しています。

でも、ONEの制作者側のあざとさを鋭く読み取ってるのは2人とも共通ですね。
エロの免罪符としてゲームの「泣き」や解釈の余地を入れてプレイヤーの注目を集める。エロゲを格好よく批評してみたり、解釈してみたいという欲が出てくるのも当然なはずで、そういう方向に完璧背を向けたPEROさんはめっちゃ格好いいですわ。
[ 2008/08/17 10:56 ] ギャルゲ(エロゲ)とか | TB(0) | CM(0)

ねこねこソフトが復活して、私のロマンチシズムは最高潮に達しそう

http://www.din.or.jp/~nekoneko/ってことで…

わーいうれしすぎるぅううう!!
片岡ともさんが書く文章が、もう好きで好きでたまらんのです。
小説家でいうと、そうだなー、三田誠広好きな人はぴったしじゃないかしらん?
映画監督でいえば大林宣彦監督。
逆にいえば、上野千鶴子が嫌いそう、ともいえる笑。

自分の心の弱さ(哲学とか、ロマンチシズムとか、ノスタルジーっていうキーワード)に逃げ込んで、作品として昇華させてるんですよー。

その「弱さ」をもっている人はたくさんいます。だけど如何にして作品の世界にもっていくかってとこが一番重要で、大半の人はただの自分語りになっちゃうわけで。
その点で、ともさんや三田さんの作品は上手。自分の世界に酔ってる感じじゃなくて、作品の世界に感情移入できるのですよー。

ま、もともと、こーゆーなよなよした男の作品は駄目っていう人はとことん駄目でしょうが…

スカーレットのPS2版のおまけは「サナララ」で決定の模様。
もう、のぞみ編が大好きな私としては買わざるを得ないじゃないっすかっ!
エロなしにして前編収録してくれたらどんなにいいことか。
ねこねこならそれくらいやってくれそうだけど、PS2版だからなぁ…

サナララの、特にのぞみはエロいらんかったと強く思いますわ。違和感ありまくり。
というか、どーしてもシナリオ重視のエロゲのイベントシーンは???となること多い。
それよりも、もっと会話を入れたほうがお話として完成度たかいじゃん!と。
「お約束」みたいでちょっとねー。
[ 2008/07/30 00:52 ] ギャルゲ(エロゲ)とか | TB(0) | CM(0)










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