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神のみぞ知るセカイFLAG32 感想とか元ネタとか

FLAG32「Singing in the Rain」
神のみぞ知るセカイFLAG32 感想速報版の完成版です。
☆今までの感想、元ネタ、考察等はここからどうぞ。
神のみぞ知るセカイ 感想とか元ネタとかのまとめ


よみましたっ
もうねー、今回は思うところ多すぎて、何度も何度も読み返してしまいました…
2人の気持ち、立ち止まって考えたくなるんだよねぇ。

☆好きな物語をとことん楽しみたい。
というわけで、今回はいつも以上に現代文の読解授業みたいな内容になりそうです笑。あくまで私の解釈なんで、「そりゃ違うだろ笑」とおもったら突っ込んでくださいませ。
でも今シリーズ、いろんな方向から解釈できる要素が満載なんで、積極的に読解していった方が楽しめると思うんですよ。読者も受身だけじゃ面白くないよ、やっぱり!

「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」とか「もっとページが欲しかった」って方向で考えるのも、積極的に物語を楽しむためのひとつの方法でしょうけど…私はあんまりやりたくない。作者は読者の何倍もその物語について考えてるわけで、読者が気づくレベルの改善案や欠点には描く段階で気づくでしょう笑。さらに私は作者萌え!作者大好き!な奴なんで、不必要に見える要素だって、わかり難い表現だって、なんらかの意図があるはずだと思いたいのです笑。だってセカイは作者がつくるんだもの。作者がどんなセカイを作ろうとしてるのか読み取るのが読者の責務じゃないかっ!そもそも好きなセカイじゃないとその作品読まないしなぁ…

今回キスは必要なかったんじゃないの?
いきなりバンドとか取ってつけた感ありあり。
ちひろ、攻略前後であんまり変化ないし。
背景や演出に懲りすぎで内容薄すぎ。
ギャグコマって必要ないだろ。
FLAG28のヒキの涙とか意味なかったやん。
ちひろの悪口で傷ついたのに復活したのが意味不明。
等々、正直今回(または今シリーズ)微妙だ…と思ってる人も多いでしょうが、そうやって切り捨てるのは勿体無い!!信者の私に言わせたら、全部重要な要素ですよ!!

初期の神のみがゲーム女子攻略におけるカタルシスを見事に表現していたのに対して、かのん編あたりから、ゲーム理論だけじゃなく、桂馬が現実で体験した要素が少しずつ出てきた。(速報版でも書いたけど、キミ→お前への言い換えとか)今シリーズは小出しにされてきた桂馬の現実での経験、生き方が積み重なった結果なのですよっ!桂馬は説明してくれない(気づかなかった)けど、ちひろ編にだってちゃんとフラグもパラメーターもある!!それを見つけるのは桂馬じゃなくて読者自身なのです。(おお、なんかメタっぽいぞ笑。)

と、長い前置きでした。

☆サブタイトル
「Singing in the Rain」、または「Singin' in the Rain」(こっちの方が正確かな?)。邦題は「雨に唄えば」。
「サウンドオブミュージック」と並ぶアメリカミュージカル映画の大名作!!
無声映画からトーキーへ移り変わる時期(1928年)が舞台になってる作品で、華麗なるハリウッドの舞台裏で起こるドタバタや恋愛模様を描いております。作中で使われる曲はどれも名曲!演出も楽しい!

特に有名なのはジーン・ケリーが雨の中タップを踏みながら「Singin' in the Rain」を歌うシーン。
youtube:"I'm Singing in the rain", Gene Kelly
見てて楽しい!音楽が最高!ミュージカル映画はこうでなくっちゃ!
この映画、ニコニコ映画にも高画質でアップされてるので興味がある方は見てみては?
いろいろあってこの作品著作権無いみたいなので安心(何が?)。
雨に唄えばpart1
今シリーズと同じく、雨や傘のモチーフがいっぱい出てきます。

余談ですが、これ見た後「時計仕掛けのオレンジ」みたらものすごく胸糞悪くなります笑。昔、前知識なしに見て(確か王ドロボウJINの「時計仕掛けのブドウ 」からのポロロッカだった。熊倉先生の病気は大丈夫なんだろうか…数少ないボンボン残党組なのでがんばって欲しい。)複雑な気分になりました。「雨に唄えば」歌いながら○○って…なんて酷いパロディ…

☆桂馬の失敗と桂馬の決意
目先の「恋愛」にとらわれすぎていた。
今にして思えば、ちゃんとつながってたんだ…
…言い過ぎだった。
もう、失敗はしないぞ!!

いつになく、必死な様子の桂馬。というのも、「底辺ゴキブリ男」事件以来、ちひろ自身から目を背け続けてしまって(そんだけ桂馬も傷ついたということだ笑)、その結果彼女を傷つけてしまったという思いがあるからでしょうね。でも、いつも攻略対象の女の子に対して真摯に向き合ってきた桂馬だからこそ、すぐに自分の失敗の愚かさや、ちひろの心のスキマに気づくことができた。

今までは攻略外の女子の気持ちには鈍感すぎるくらい鈍感な桂馬でしたけど(ハクア編参照)、攻略を意識せずにちひろと素で付き合ってきたことによって、(意識してたら全力でちひろの気持ち読もうとするだろうからね)「現実」では自分が予想できないところ、意識しないところでも女の子の気持ちは動くのだということを実感したのでしょう。そうです、現実は非合理なものなんです笑。

で、具体的に桂馬の失敗ってなんだったのかっていうと、ちひろの心のスキマがなんなのかを考慮しなかったこと。振られて涙するちひろを気遣っていたにも関わらず、桂馬は「底辺ゴキブリ男」事件以来、ちひろに「現実女中の現実女」のレッテルを貼って彼女の本心を見ようともしなかった。すべて「万事テキトーであいまいで…非理論的で…」で片付けてしまう。理解できないもの、として切捨てて、ユータ攻略に全力を注いでしまった。

今読み返すと、桂馬はちゃんとフラグにひっかかっていながら全部ないがしろにしちゃってるんですね。まず1つ目、ちひろの涙を目撃し、ちゃんと彼女の気持ちを考えようとしたのに、すぐ次の男を捜そうとするちひろに激怒してしまい、その真意を計りかねてしまった。
2つ目、掃除の場面。
「い…いっとくけど!!私悪いと思ってないからね!!」「ゴ…ゴキブリは言いすぎたかもしれないけどさ…」
で、ちひろは桂馬のことを底辺ゴキブリ男と思っている現実女、ゴキブリ一匹つぶしたところで後悔なんかしない、という認識を改めかけたのに、やっぱり「いや、こいつに限ってそんなことはないか。」で現実女のレッテル続行してしまった。
3つ目、掃除中に恋愛について口論になり
「どーせ、本当の恋愛なんて知らないわよ…」。
ここでちひろの本心について考える時間があればよかったのだけど、
「私の告白…あんたの力で成功させてよ!!」
で、新展開。そんなこと考える暇も無し。まさに展開!展開!また展開!!(筋少ネタっすか、担当さん!デロリンマンのあのジャケットは非常にインパクトありましたわね。)これがなかったら、もしかしたらちひろの心を省みることができてたかもしれないけど…結局ユータ攻略、という全く違うルートに入ってしまったのね…。

とどめは、桂馬を中華屋に誘うちひろに放った「今日お前は告白して成功する。それで、ボクとお前の付き合いは終わりだ!!」。もはや桂馬と一緒にいることの方が楽しくなってるちひろは、桂馬がいう「万事テキトーであいまいで…非理論的で…」なところを発揮し「告白…やめよっかなー」。ここで、ちひろが足を組みかえるコマいれるのが素敵。コロっといってることが変わってしまう、現実の女の子の気まぐれな面(ホントはちゃんと裏づけがあることが多いんだけどね。今回みたいに。)の気持ちの動きをよーく表してる。

もちろん桂馬には、相手(桂馬)の気持ちを考えていない、理不尽な気まぐれにしか思えない。ちひろはユータくんとくっつきたいと思っている、というのが大前提だったから。
「いーかげんに、しろ!!人の努力をなんだと思ってんだ!!」
そう、自分のために努力してくれるからこそ、ちひろは桂馬が気になる。ユータくんとの出会いは浅いから、だからこそユータ攻略より桂馬との時間が本筋になってた。でも桂馬はユータ攻略しか見てない。もうちょっと桂馬と一緒にいたいから、でもそれが恋かどうかは判らないから、告白をなしにして先延ばし。自分の気持ちが「コレだ!」とはっきりしてれば苦労はしないのだけど、「万事テキトーであいまいで…非理論的で…」な現実女だから、迷ってばかっりなの。本気の「好き」なんてわかんないのよ。

ああ、心が痛い。私も何度こうやってごまかし、先延ばしにしてきたことか。まぁ、自己中なんでしょうね。「もっと真剣になれ!!」と怒られたことも多々ありますよ。そして無駄に他人を振り回したことも。うーん、読めば読むほどちひろはリアルな普通の女の子だ…。若木先生、20代後半はゲームばっかりしてたとしても、絶対「リアル」の女の子と真剣に向き合ってた時期があるでしょうよー。じゃないとこのちひろの気まぐれさと、それにイラっとくる男って構図は描けないよ…。

と、桂馬はことごとくフラグへし折ってしまっていたのでした。現実に翻弄される二次元の神様は、神ではなく人間に見える。しかしここで後悔し、涙を流し、うじうじ悩み、挫折し引きこもるでもなく、ちひろを救おうとする決意するところが「神」(=救世主)の素質なのですよっ。「万事テキトーであいまいで…非理論的で…」と切り捨てるのではなく、その原因にも思いを馳せることができるようにパワーアップした。「二次元世界>現実」の価値観は決して変わっていない。だけど現実へのバリアは少し薄くなったんじゃないだろうか。

☆現実と戦った桂馬が出した答えは、「現実には絶望してるけど、自分には絶望していない!」という自分への絶対的自信と絶対的価値観
「ボクは…確かに現実(リアル)に絶望してる。」
「だけど、自分には絶望していない!!」
「今がつまらないか…楽しいのか…平凡なのか…決めてるのは現実(リアル)じゃない。」
「決めるのはボクだ!!ボクが望めば不可能はない!!」


この言葉は現実との戦い、つまり「底辺ゴキブリ男」事件からの立ち直り、そして気まぐれで理不尽な現実に惑わされてちひろを傷つけてしまったことがあってこそ出てきた言葉でしょう。

現実でがんばってもいいことなどない、と現実から完全逃避しようとした桂馬の前に現れた女神、あゆみん。記憶は消えていても、現実との接点は消えていないことを示してくれた。オタメガ→桂木の変化はもちろん、掃除へ来るように桂馬を誘うときだって、攻略前は「代りに掃除やっておいて」だったのが「私とあんただから、忘れずにきてよ!」(最高の笑顔つき)になってる。はっきり言葉にはされてないけど、記憶は消えても、桂馬が歩美を助けたこと、歩美が桂馬を好きになったことは消えていない。

それでも現実の理不尽さに惑わされ、ちひろに「現実女」というレッテルを貼って心を見ようともせず、ちひろを傷つけてしまう。そして気づくのは、ちひろを救えるのは、一度は完膚なきまでにちひろに打ちのめされた自分だけだということ。

この二つの出来事を通して、桂馬が現実に対して出した答えは、信じるのは二次元でも現実でもなく、自分自身だということ。二次元世界でも、現実でも、桂馬が全力で取り組んだ経験は必ず糧になっている。桂馬が全力で取り組むなら、2次元でも現実でも不可能はない。桂馬が築いてきた絶対的価値観はどこでも通用する!という最強の自信なのです。

今回のシリーズでは、少しずつ小出しにされていた現実に翻弄される桂馬の「人間」な部分の総括という面もあったでしょう。ですが、もっと重要なのは、現実との戦いを通して人間としての不完全さを克服するための答えを出したということ。まだまだこれからですが、桂馬は現実でも「神」に近づこうとしている、という方向性が見えてきました。

桂馬の自分への絶対的価値観と絶対的自信は、現実に悩み、翻弄され、傷つき、それでももがき続けてしまう私たち凡人の理想系なのかもしれない。そして同時に「リアルの影響は2次元の影響の何倍も強力」とおっしゃっていた若木先生の理想でもある、のかも。そう考えると、「神のみ」が俄然哲学的な話に読めてきました笑。

☆もう現実に対するバリアはいらない。「ちひろ」呼びと「いつでも救ってやる」の重要さ。
記憶は消えても、桂馬が女の子を救ったことは消えない。
二次元世界でも、現実でも、桂馬が全力で取り組んだ経験は必ず糧になっている。桂馬が全力で取り組むなら、2次元も3次元も違いはない。


この2つを確信したからこそ、現実へのバリアが薄くなって「ちひろ」呼びと「いつでも救ってやる」という未来へ向かう言葉として出てきたのでしょう。

現実へのバリアってのは何か?それは「ゲーム理論で現実の女子を攻略する」という前提、そして「攻略した女子の記憶は消えてしまう」という虚しい事実。だからこそ、桂馬は攻略や告白の時に桂馬主導の過剰な演出を行ってきたし、呼び名は「キミ」限定だった。ギャルゲーの台詞をそのままトレースしてることを強調するように、女子の名前を呼ぶことはない。そして何より2人の未来の関係を指す言葉をかけることはなかった。(歩美にだって、「これからずっと」じゃなくて「明日」の応援を約束しただけなんです…涙)

だけど、かのん編あたりから攻略のなかで桂馬の「本心」が見えるようになってきてる。「キミ」と言いかけて、目を逸らしつつ「お前」の歌よかったぞって言い換えた部分では、桂馬の本心が率直に出ているように思える。逆に歩美や美生の時は、桂馬が仕掛けたゲーム理論による演出が効いて女の子が桂馬に恋をするという1本道の展開で、桂馬の本心は見えくい。

でも今回(FLAG32)は「ちひろ」と名前をはっきり呼んでる!そして「いつでも救ってやる」と、未来を約束してる!この変化は重要。2次元>3次元だけど、そこでもがいている女の子は神が必ず救うという桂馬のあらたな決意。例えクソゲーでも、登場する女の子には全力で向かい合うのが桂馬の魅力。それは現実というクソゲーでも同じなのでしょう。

☆桂馬の本心とゲーム理論(テクニック)のバランス
現実へのバリアが薄くなり、ただのゲームトレースじゃなく本音をちひろにぶつけている、とは言ってもテクニックとして「ゲーム理論」をうまく使ってるのは間違いない。むしろ本心もゲーム理論も自分自身の武器として一体化しているような感じ。このテクニックと本心のバランス、そして桂馬の思惑の外で働いている演出の解説に関しては別記事に…。

☆桂馬の思惑の中の演出と、桂馬の思惑の外の演出
今シリーズ(ちひろ編)では、現実に翻弄される「人間」としての桂馬がたっぷり描かれたけれど、桂馬が現実に対して出した答えは「現実には絶望してても自分には絶望していない」という、絶対的価値観と自分への絶対的自信。それは2次元でも現実でも「神」であろうとする桂馬の姿、というのは長々と書きましたが、さらに駄目押しはキスの後の異常な神々しさ。>「人間」ではなく「神」な部分が強調されています。そしてこの「神々しさ」の演出は、ある程度桂馬の思惑の中にあってのことでしょう。(雨から一転、晴れた空から照る太陽は思惑外でしょうが、ポーズ、そして台詞は桂馬が選んだものです。)
しかし今シリーズでは、桂馬の思惑の外の演出がとても多いように感じられます。船、雨、傘、空模様。これらのモチーフが多用され、ちひろ、そして桂馬の心情をあらわしています。(これについても、詳しくは別記事で…。)これは決して桂馬が用意した演出ではない。それが示すのは桂馬がセカイの神(=創造主)ではなく、見えざる神の手によって翻弄されている一人だということ。
桂馬は神(=創造主)ではなく、神(=救世主)なのかもしれません。絶対的価値観と絶対的自信を持ち、自分を貫き通すという、彼の強さは現実に、2次元に、そして私たち読者に影響を与え続けるんじゃないでしょうか。

余談ですが、360度の方針転換さんの所(記事が面白くて、まだ読んでない漫画感想小説感想まで読んでしまいます。)では今回の演出についてこう書かれてました。
>タイトルが雨ぞろいだったことを反映してか、傘が小道具に使われたのが面白かった。しかし、あんなにタイミングよく雨が降るなんて桂馬の攻略には天も味方してる!?本当に神なんじゃと思われてくる話で、強引に解釈すれば悪魔からの支援やちひろの駆け魂が発動したってことになるかな?
ああ、そういう見方もあるかー!と。私の神(=創造主)と神(=救世主)の見方はかなり偏ってそうですね…

☆その他細かい事については別記事で…
FLAG32の完成版といいつつ、桂馬を中心にみた今シリーズの総括みたいになってしまいましたっ汗
・ちひろの心のバリアと桂馬の現実へのバリア
・ちひろのぱっと見は分からない、だけど大きな変化
・今回の「キス」の意味
・桂馬の攻略テクニック~ギャグコマの意味~
・雨、傘、船、救命ボートなどのモチーフの表すものと、それぞれの演出の解釈
あたりの細かいことと、扉の煽り、巻末コメント等は別記事にします…

最初書いたときには
>とりあえず書こうとしてることをレジュメ風にまとめると笑、

①「現実には絶望してるけど自分には絶望してない」という桂馬の答え。
②桂馬の本心(リアル)と攻略テクニック(二次元)のバランス。
→桂馬の言動と行動から見えてくる「パワーアップした桂馬」

③「自分は凡人である」という、ちひろのコンプレックス=心のスキマ。
→思春期の「逃げ」と「心のバリア」

④桂馬の思惑の外でなされてる「演出」。
→桂馬は創世主ではない

>って感じ。
という文章を冒頭にいれてたんですが、③が丸々別記事になってしまいましたっ汗。

続きは神のみぞ知るセカイFLAG32 感想とか元ネタとか後半です。


関連記事

私も信者なんで基本妄信ですよ、ええ

まだ書きかけみたいですが、共感できる部分があるので、一言以上…

>「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」とか
~中略~
信者の私に言わせたら、全部重要な要素ですよ!!

その通りだと思うんですよ。
ここをこうしたら…とか思う前に、何故そうなった(なってる)のかを考えるべきであって、提示されたものに対して文句を言う前に、その意味をもっとよく考えてみよう、と。
1を提示されたら10を、10提示されたら1000を、100提示されたら56億8000くらい妄想してこそ信者ではないか、と。

完璧なセカイの中で、そのセカイの妄想を楽しんでます。
勿論信者にも色々あるのは承知の上ですので、あくまでも私の妄言としてくださって結構です。
[ 2008/12/05 23:50 ] [ 編集 ]

@さんこんにちはー。
すみません、まだ書きかけです…今日中にアップできればいいんですけど。
>完璧なセカイの中で、そのセカイの妄想を楽しんでます。
同感ですよー。「信者」ってのも曖昧なんでしょうけどね。キャラや作品の1部分のみについてて、気に入らない展開になると作者すら攻撃してしまう「信者」もいるみたいだし。
[ 2008/12/06 16:39 ] [ 編集 ]

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