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「神のみぞ知るセカイ」は記憶の円熟から生まれるセカイ?+更新お知らせ

☆やっとこさ本文完成~
神のみぞ知るセカイFLAG32 感想とか元ネタとか後半
うかつにまとめると、絶対本意と違ってきそうで怖い…そもそもまとめる能力ないし…
そんじゃ思ったこと全部書くしかないじゃないか!!ということで、まったくまとまっていないFLAG32の感想。やっと後半の本文完成~。明日若木先生の解説と画像を追加しときます。

いやぁ難産でした。もはやただの思考垂れ流し、メモ状態なので後日書き直すやもしれません。つーかこのままじゃ若木先生にちひろ編の感想送れない…
この滾る思いをなんとか伝えたいのにーっ!!
というわけで、しばらく私の中でちひろ編との格闘が続きそうです。


これだけじゃなんなので、FLAG32の後半の1部を転載しておきます。題して
☆巻末コメントと勝手に学生たみー研究
Q.今までで、一番思い切った買い物はなんですか?
A.高校生の変形ズボン。店がすげー怖かった。

いわゆるボンタンですね笑。学校やら規則やらに反抗したい男子中高生の必須アイテムやっ!!普通の学生服のズボンよりハイウエストで、足の幅が広い、かつ裾は絞ってあるという不思議な形。とび職の人が着てるズボンのイメージに近いかなぁ。一時期ファッションではやったサルエルパンツとも似てる。
参考画像→ボンタン
私が通ってた中学(不良の巣窟)ではメジャーな存在でした。若木先生みたいな進学校でもはいてたんだー。私が高校のときはハイウエストよりローウエストが主流で、いわゆる「腰パン」しててトランクス見えまくってる男子多数でした…。

若木先生の母校については「神のみぞ知るセカイ」舞島学園高校のモデルはもしかして。の記事およびコメント欄を見ていただければ。

ボンタンはいてるくらいだから、まぁ勉強できる生徒ではなかったんでしょうけど…
若木先生の4/10:FLAG1・「世界はアイで動いてる」によると
「うちの高校、ジャージがめりゃかっこわりーんですよ!もう信じられないぐらい!」で「着たこと無い!」

更に
「高校時代からノートを取った記憶ってのが余りない」(2007/4/5)

ダメ押し
「高校時代全く勉強をせず、高校3年の最後の実力テストでは数学4点という無学男でした。しかし、一浪したら大学には入れましたよ。」(2006/1/25)
「一回目のセンター試験は全く無駄ではなく、後で、某大手受験予備校の勧誘ハガキにセンターの合計点数を書く欄があって、そこに「680点」とか大ウソ書いたら、一年間授業料免除になりました。」(2007/1/27)

…真面目な生徒ではなかったようです笑。で、浪人して京大かっ。「大学には」とかいうレベルじゃないよっ!

いるんだよなぁこういうヤツ!!
高校時代、真面目ちゃんで通ってた私が密かに憧れてた、スーパーカー(バンドね)にかぶれたバンド小僧で、休み時間は一人でずっと本読んでて、テスト欠点(30点以下のこと)ばっかりで先生から問題児扱いされてた某先輩。
…彼が浪人して京大にいくなんて誰が想像できただろうか。ただの真面目には意味がないと気づいた瞬間でした。あれですよ、教科書全文にアンダーラインがあるようなのは単なる馬鹿なんですよ。真面目だけど、真面目だけじゃ結果につながんないんだよ…。

なんとなく「勉強」してた私が「音楽勉強する!」と決めたのはこれがきっかけだったような気もする。
…それで選んだのが教育音楽(しかも超がつくくらい保守的な某国立H大学)ってのが「真面目ちゃん」なんだなぁと…それでも得がたい経験たくさんしましたけどねっ。声楽のM永先生と合唱団Pの人人に感謝。

☆循環し、円熟する記憶。それが作品世界になる。
神のみぞ知るセカイFLAG33 感想とか元ネタとかで、プルーストの「失われた時を求めて」途中で挫折したって書きましたがどうも気になって読書再開してます。

というのも、「神のみ」自体が、プルーストが言ってる「円熟する時間」を表現してるような気がしてきたから。私、気になる言葉が出てきたらとりあえず手帳にメモるという、これまた真面目を絵に描いたような習性があるんですが、(最近はとにかく若木先生率が高い)その中でずっと引っかかってたものがありました。

>ボクにとっての思い出というのは、懐かしいというのと少し違うんですよ。マンガ家というのはある意味では、過去を思い出すのが仕事みたいなところもあるので、思い出は常にフレッシュな状態で随時アクセスされている訳です。
>そこにメールとか来ると、16や17のままのセピアにフリーズドライにされていた同級生達が、急にカラーになって動き出したような気分。


若木先生の7/4:過去からの声の一部。
「自分が体験したことないことを描くことができない」(12/8:FLAG32「Singing in the Rain」より)若木先生の書くストーリーは、何度も反芻された「円熟する時間」の中から生まれるんだ…。

とまぁ感動してしまったので、「円熟する記憶」の大本である「失われたときを求めて」読んでるわけです。「失われしDを求めて」(神のみ)「失われたオチを求めて」(絶望先生)からここまで広がってしまうとは笑。

一応、プルーストの時間についての考え方をwiipediaから引用~
>記憶と時間の問題をめぐり、単に過去から未来への直線的な時間や計測できる物理的時間に対して、円環的時間、そしてそれがまた現在に戻ってきて、今の時を見出し、円熟する時間という独自の時間解釈、「現実は記憶の中に作られる」という見解を提起して、20世紀の哲学者たちの時間解釈にも大きな刺激を与えた。
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[ 2008/12/18 23:45 ] いーかげんな日記 | TB(0) | CM(0)

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