神のみぞ知るセカイFLAG36 感想とか元ネタとか

FLAG36「24ビットの瞳」
☆「神のみぞ知るセカイ」過去分の感想は神のみぞ知るセカイ 感想とか元ネタとかのまとめ
神のみぞ知るセカイFLAG36 感想速報版の続きです。
☆最新刊は神のみぞ知るセカイ第3巻感想~女子的プライドの強さと弱さ~


よみましたっ
火曜日にギリギリ更新ということで…すみません!

桂馬を、現実になにも期待していない→孤独な少年と想定し、なんとか現実に適応させようと決意する教師の卵・長瀬純。純は舞島学園高校の外からやってきたわけで、桂馬に対してある種の「あきらめ」を持っている教師や生徒とは全く違う立場です。現実vs桂馬をお膳立てするには、うってつけのキャラなんですな。桂馬は、果たしてこの構図に気づけるんでしょうか。

ちひろ編を通して、現実でも二次元でも、他人に左右なんかされない、自分は自分であるという答えを出した桂馬。それと同時に、女子攻略に際して、戦略・演技だけでなく桂馬自身の本音がぶつけられつつあるのがわかってきました。
自分は現実にどう向き合えばいいのか、そして他人はどのように現実と向き合っているのか。そういう思考が桂馬の中に芽生えているのは間違いないと思います。
しかし、「他人から自分はどう見えているのか」という認識は、今の時点では欠落しているようです。それは楠編、ハクア編エピローグにおける桂馬の不自然な「鈍感さ」を見ればわかると思います。

というわけで、本格的に桂馬vs現実の第二ラウンドが始まる前に、桂馬と現実との関係をまとめておこうと思います。桂馬は現実から逃げている訳じゃありません。だからこそ、面倒なことがたくさんある、ということで…

☆1/24追記:若木先生によるFLAG37解説
1/20:FLAG36「24ビットの瞳」
>今回は実は前回の読み切りシリーズの流れも引き継いでおりまして、「桂馬のいる日常~第4話・学校編~」+「攻略長瀬編・第0話」というハイブリッド回になっております。そのおかげで、駆け魂が入る瞬間というレアなシーンも挿入することができました。普段の攻略だったら、こんなもん入れるページ数ないですから~。
相変わらず緻密な構成っす。

>いやはや、懐かしい!やっぱ全日!この話を見る人は、予備知識として、鶴田×三沢のシングルマッチの映像を見ておいた方がいいですよ。長瀬先生がなぜこの頃のプロレスが好きなのか、よくわかる名勝負っす!
その名勝負はhttp://jp.youtube.com/watch?v=BdRtqgW-wWs で。
全日と新日、そして当時のプロレスの熱狂についてはこの記事の@さんのコメント読めばよく分かるのではないかと思います~(ありがとうございます!)
追記終わり。

☆桂馬と現実の闘いの歴史をたどってみる
現実世界を無視し、2D世界の神として君臨していた桂馬。現実とはまったく接点がなかった桂馬の生活は、エルシィの登場によって一変し、嫌々ながら現実と接点ができてしまうわけです。
初期の神のみは、ゲームの方法がそのままリアル女子攻略に通じてしまう、というカタルシスを見事に表現しています。間違うことなくルートを進めていく桂馬は読者にとっても神。

ですが、かのん編あたりから、ゲーム理論だけじゃなく、桂馬が現実で体験した要素が少しずつ出てきました。例えば、「キミ」と言いかけて、目を逸らしつつ「お前」の歌よかったぞって言い換えた部分では、桂馬の本心が率直に出ているように思えます。ただゲームのルートや台詞をトレースするだけじゃない。2D神としての能力が3D世界で発揮されることで「神のみぞ知るセカイ」が成立しているのはもちろんですが、2Dで得た能力を使っていても、桂馬もまた3Dで生きる1人の男の子である以上、リアルの女の子たちの影響を受けないわけがありません。若木先生が7/3:FLAG12「Coupling/With」でおっしゃっていましたが「親や学校の影響は、ゲームなんか足下に及ばないぐらい強力です!これを忘れちゃいけない。ほんに、現実は強い。」わけです。

そんな「現実からの影響」が顕著に現れたのが、小阪ちひろ編。
読者から見た桂馬「現実から何をされようが、何を言われようが気にしない」2D神です。
しかし、現実からみた桂馬は神じゃない。ただの「底辺ゴキブリ男」です。それを目の前に突きつけられた桂馬は深く傷ついてしまいます。

この桂馬の傷つきっぷりを意外に思ったり、失望したりした読者もいるかもしれません。ですが、「何故、桂馬は傷ついたのか?」を考えると、桂馬の「現実」に対するスタンスが見えてきます。

桂馬は完璧に現実を否定していたわけじゃなく、現実へバリアを張り、2D神としての自分を隔離していたのです。現実へのバリアってのは何か?それは「ゲーム理論で現実の女子を攻略する」という前提、そして「攻略した女子の記憶は消えてしまう」という虚しい事実。だからこそ、桂馬は攻略や告白の時に桂馬主導の過剰な演出を行ってきたし、呼び名は「キミ」限定だった。ギャルゲーの台詞をそのままトレースしてることを強調するように、女子の名前を呼ぶことはない。そして何より2人の未来の関係を指す言葉をかけることはなかった。(歩美にだって、「これからずっと」じゃなくて「明日」の応援を約束しただけなんです…涙)
でも、ちひろ編ラストでは「ちひろ」と名前をはっきり呼んでる!そして「いつでも救ってやる」と、未来を約束してる!この変化は重要です。2次元>3次元だけど、そこでもがいている女の子は神が必ず救うという桂馬のあらたな決意なわけです。

「ボクは…確かに現実(リアル)に絶望してる。」
「だけど、自分には絶望していない!!」
「今がつまらないか…楽しいのか…平凡なのか…決めてるのは現実(リアル)じゃない。」
「決めるのはボクだ!!ボクが望めば不可能はない!!」


この言葉は現実との戦い、つまり「底辺ゴキブリ男」事件からの立ち直り、そして気まぐれで理不尽な現実に惑わされてちひろを傷つけてしまったことがあってこそ出てきた言葉でしょう。

現実でがんばってもいいことなどない、と現実から完全逃避しようとした桂馬の前に現れた女神、あゆみん。記憶は消えていても、現実との接点は消えていないことを示してくれた。オタメガ→桂木の変化はもちろん、掃除へ来るように桂馬を誘うときだって、攻略前は「代りに掃除やっておいて」だったのが「私とあんただから、忘れずにきてよ!」(最高の笑顔つき)になってる。はっきり言葉にはされてないけど、記憶は消えても、桂馬が歩美を助けたこと、歩美が桂馬を好きになったことは消えていない。

それでも現実の理不尽さに惑わされ、ちひろに「現実女」というレッテルを貼って心を見ようともせず、ちひろを傷つけてしまう。そして気づくのは、ちひろを救えるのは、一度は完膚なきまでにちひろに打ちのめされた自分だけだということ。

この二つの出来事を通して、桂馬が現実に対して出した答えは、信じるのは二次元でも現実でもなく、自分自身だということ。二次元世界でも、現実でも、桂馬が全力で取り組んだ経験は必ず糧になっている。桂馬が全力で取り組むなら、2次元でも現実でも不可能はない。桂馬が築いてきた絶対的価値観はどこでも通用する!という最強の自信なのです。

最強の自信と絶対的な価値観を持った桂馬には、もはや「現実へのバリア」は必要ありません。桂馬が望めば、何だってできるのです。

☆そんな桂馬の「現実に対する穴」とは何か?
2D神、という枠を超えて神に近づきつつある桂馬。上にも書きましが、そんな桂馬に欠けているのは「他人から自分はどう見えているのか」という認識です。
まず、注目したいのは春日楠編。主将は桂馬の「かわいい顔」にときめいていたにも関わらず、桂馬は「軟弱なもの」に惹かれている、と解釈したまま主将を攻略してしまいました。あれ?とひっかかってたんですが…桂馬は1話の価値観を貫いている、つまり「オタメガネ」として3D世界で自分のスタンスを通してるようです。
「そして…現実(リアル)もそれを望んではいない!!」(注:それ…恋すること)
は未だに桂馬の絶対的価値観のようです。

これがよりはっきり分かるのが、ハクア編エピローグ。ハクアは攻略の理論抜きに桂馬に好意を抱いてるのに、桂馬にはまったくそういう価値観がないので、理解できません。エルシィはすぐ気づいたのに。あまりにも不自然な鈍感は、こういう背景があるからだと思われます。

☆今シリーズで、どう変化するか?
桂馬が純の賭け魂を回収するには「今、純が自分のことをどうおもっているか」をしっかり理解すること…つまり「他人から自分がどう見えているか」を考えることが大切になるでしょうね。コレは桂馬がままでやってなかったことだから苦労しそう…おそらく、彼女は過去の孤独な自分と桂馬を重ねてみてしまっているので、「純が自分をどうみているか」を認識することは直接ココロのスキマを埋めることにつながっていくはずなんですけど。

以下、サブタイトルやら小ネタやらの元ネタ解説と巻末コメント、煽り。
☆サブタイトル
「24ビットの瞳」、壺井栄の小説「二十四の瞳」ですね。またレトロな…。自転車にまたがり元気に生徒を指導する、小豆島の大石先生が主人公の教師物のストーリーです。今シリーズのサブタイトルは教師物の作品で行くのかな?

ジャンボ鶴田ジャンボ鶴馬って笑
「田」が「馬」になってる以外は、「人生はチャレンジだ!」も含めてそのまんまジャンボ鶴田です笑。
今wikipedia見てみると、全盛期は天龍とかと一緒なんですね。天龍とかは私が高校生の時(00年代前半)も現役バリバリだった印象なので、そう考えるとジャンボ鶴田って亡くなるの早かったんだなぁ…。ジャンボ鶴田について詳しく知りたい人はwikipediaの記事ジャンボ鶴田の公式ページが参考になるんじゃないでしょうか。

いやぁ、高校生男子でプロレスに嵌るヤツは多いですけど(それにしてもジャンボ鶴田なんてレトロなのはなかなか話題にあがらん!せいぜい蝶野とかでしょうよ笑)、女子はとんとみませんなぁ…
ということで、ジャンボ鶴田関連の元ネタを。

・お前の「お」が「オー」になるのは鶴馬好きだから?
「オー!」と叫び右腕をあげるジャンボ鶴田の決めポーズ。客のコールももちろん「オー!」。

・純が見ている鶴馬の動画
明確な元ネタってあるんでしょうか。とりあえず若木先生が見ておいたほうがいいという鶴田vs三沢(三沢光晴はジャンボ鶴田の弟子です)の試合を紹介しておきます。
http://jp.youtube.com/watch?v=BdRtqgW-wWs

・「つ・る・ま・オー」
ジャンボ鶴田リング入場時のコール「ツルタ、オー!」。

・「人生は、チャレンジだ。 ジャンボ鶴馬」
ジャンボ鶴田の座右の銘「人生はチャレンジだ、チャンスは掴め」。師匠のジャンボ馬場から継承したとのこと。

☆今週の煽り
1ページ目扉(全体的に煽りがテープ状になってます。相変わらず細かい!)
・若木民喜の横
~今年もあなたのために~
・中央
ハクア編&楠編&空編の単行本第3巻、1月16日ごろ発売ですよ☆
孤独?孤高?色々とがんじがらめな少年・桂馬の心を変えるかもしれない新シリーズ開始!!

2ページ目柱
■私立舞島学園高校のさわやかすぎる朝。

18ページ目柱
新シリーズ開始。
「駆け魂が出ないとゲームがはかどっていいな!!」
「このままずっと一話完結で行こう!!」

…でこの煽り。素晴らしいねっ。

☆巻末コメント
Q.思い出せるかぎり、最も古い記憶はなんですか?
A.保育園で飲んだマミー。


関連記事

たみー先生と同世代の男の子で、プロレス好きな奴の話

基本的に新日本(猪木)派と全日本(馬場)派にわかれるわけであります。
技は派手だけど、痛みを感じない:新日
地味だけどめっちゃ激しいやん:全日
で、天龍事件もあって低迷の全日に二代目タイガーマスク=三沢が登場しましてね。
タイガーが川田にマスク取らせて三沢に戻る姿なんかはもうね、とんでもなく感動して興奮するわけです。
そして、鶴田と三沢の次世代エース争いが始まります。
そんで、今回の話で取り上げられる鶴田×三沢戦なわけですよ。

いやぁ、熱い!

ってわけでね、たみー先生と同年代の私にはたまらないわけです。
ちなみに三沢から小橋に至る全日エースの変遷にもたまらないものがあってですね…
-以下略-
[ 2009/01/21 11:23 ] [ 編集 ]

男子ってホントプロレス好きやなー!

などと言って男子のプロレスごっこを眺める高校生でした笑。
コメント遅くなって申し訳ないですー。倒れておりました。
仲良かった子がプロレスか総合格闘技かで論争していたのが懐かしいですねぇ。
…といっても、当時はPRIDEの人気がダントツな印象でしたが。

そんなプロレスは蚊帳の外な人間にはとても分かりやすい解説でした、ありがとうございます笑。プロレス全盛期のファンの空気が感じられた気がします。
何気にプロレスネタ多いですよね、神のみ。楠主将の時の上田馬之助ネタとか。
私はオーケンのエッセイとかで、断片的にプロレスに触れてるくらいなのでリアルで見てたらちょっと違ったんだろうなーと思ったりします。
[ 2009/01/24 19:49 ] [ 編集 ]

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