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神のみぞ知るセカイFLAG41及び純編 考察レポート①

先日の記事神のみぞ知るセカイにおける教育欲を踏まえて、今回はFLAG 41を詳しく見ていこうと思います。
ちひろ編の記事では主に演出の面白さを詳しく見ましたが、今回は桂馬と純の言葉を中心に見る予定です。ますます現国の授業みたいな記事になりそうな予感…。
その前にちょっと補足を。

☆補足。
「神のみ」を普通のラブコメと規定して読めば、弱点だらけなのは百も承知です。女の子をたくさん書きたい、だけど多人数による群像劇という普通のラブコメが書けないから「新キャラ→トラウマ・悩み→解決→キスシーン」というテンプレに逃げている、それも事実なのかもしれません。(アマ時代の作品を読むと、とてもそうとは思えませんが。)

ですが、テンプレートを適用した動機が「逃げ」だったとしても、その「逃げ」が作品として昇華されていることに意味があると思います。テンプレを使用するだけなら、「サラダデイズ」や「ボーイズビー」形式で十分やっていけるわけですが、「神のみ」では桂馬という1人の主人公がテンプレートを積み重ねる中で「セカイが少しずつ変化する」ことが描かれています。

その「セカイの変化」は決して大げさには描かれていませんが、1つ攻略が終わっても「セカイの変化」はリセットされず、静かに次の攻略、あまつさえイタ回にも反映されるのです。その小さな変化が積み重なって、「神のみぞ知るセカイ」ができる…と私は理解しているんですが、これじゃ納得できない人もいるんでしょうね。若木先生はそんなに深いこと考えてないよ笑、と読者にも笑われそうですが。ラブコメ娯楽作品の範疇で、「変化がない理想セカイ」ではなく「現実セカイの静かな変化」を描く若木先生はやっぱりすげぇや!と思ってしまうんですねー。
「逃げ」という弱点すら武器にしてしまう、創作の源にしてしまう、これって凄いことじゃないですか。

…やっと本題。
「FLAG41感想とか元ネタとか」の範疇を超えているので笑、「FLAG41及び純編 考察レポート」とさせてください。
☆教室という現実の中での桂馬の立ち位置から見えてくるもの
・桂馬は孤独を気にすることなく、理想に邁進しているということ。
純編1回目(FLAG36)で強調されていた「現実へ期待していない」桂馬の孤立。
(12ページ目、教室の真ん中で1人ゲームをする桂馬の描写には恐ろしさすら感じます。)

桂馬は現実(学校)での孤立をかえりみず、自分で作り上げたといっても過言ではない理想世界(ギャルゲー)で生きているわけです。これはFLAG35「なにかの☆よあけ」で、桂馬のギャルゲー界での尋常でない影響力がはっきりしたからこそ説得力があります。

ですがそれと同時に気になるのは、最初からギャルゲーが桂馬の理想世界だったわけではなく、桂馬の熱意と努力によってサイト「落とし神」支持者が増え、開発者まで巻き込みギャルゲーが変わっていったということ。桂馬はサイトを通じて「現実」を変えたのです。「たかがサイト一つで現実が変わるわけないだろ。」というオチは、さまざまな解釈ができると思うのですが、どう解釈しても、桂馬が現実の壁に屈することなく理想を貫こうとしていることは確かだと思います。(私の解釈は神のみぞ知るセカイFLAG35 感想とか元ネタとかに書いています。)

余談ですが、若木先生もブログでおっしゃっていた「個人サイトでも、何かやろうと思えばできるんだけどね。」という言葉。
例えばこれ、PEROさんが昔やってたサイトのコラムなんですが。「もう間近に迫ってきてる来世紀に向かって、何か後進のためになるようなそんな遺産を残したい。」という明確な意図を持って作られたページです。以前紹介したECD(エロゲカウントダウン)跡地には無いページなので読んだこと無い人はぜひ。特に「Chapter.1良いエロゲとは?」の「a:一億総ADV化問題b:感動って何だc:エロはいずこへ~?結:ベストエロゲとは?」の説得力と面白さは異常。
http://www.tk1.speed.co.jp/tamiki/column/columnframe.htm(tamikiなのがなんか可愛い)
さまざまなゲームブランドがこのコラムを始めとしたECDの批評に影響を受け、ゲームを作ったようです。(例えば天津堂は新作開発時に「カウントダウン入りを目指します!」と名言したり笑)

・純と桂馬の違い
純は桂馬が「別世界にいる」「現実へ期待していない」ことを見抜きますが、桂馬にとっての理想が現実でなくギャルゲーにあることまでは理解できません。それは、純が過去に理想を貫こうとして孤立し、その結果理想をあきらめたという過去があったからです。桂馬はすでに「理想の前にはみんな不安になる。それが現実の壁なんだ。」ということを理解し、自分を信じる道を進んでいるのに対し、純はそこまでの自信がなかったようです。
FLAG41まで読んでから、FLAG36を読み直すと「そう、私は理想を…つらぬくわ!!…今度こそ…」のタイミングで駆け魂が入ったのも、「理想的な先生にならなきゃならない」というプレッシャーが心のスキマになったのではなく、理想を貫こうとするときにどうしても出てくる現実の壁への躊躇が心のスキマになっていたのが分かります。(この場合、純が感じる桂馬の孤独の描写の丁寧さを考慮すると、「孤独への恐怖」といってもいいかもしれません。)

☆「お前の勝手な基準で、人を見るんじゃない!!」と「もっと理想を押し付ければいい!」は矛盾している?
FLAG38で桂馬が攻略関係なしに、純にぶつけた言葉。
「お前…なんにもわかってないな…」
「ボクが現実から逃げて…ゲームをやってるって思ってたのか?」
「お前の勝手な基準で、人を見るんじゃない!!」
「もうちょっと…わかってる奴かと思ったよ!!」
「お前なんか…」


FLAG41の
「もっと、理想をおしつけたらいい。」
「他人は気にするな!!お前は…お前のいいと思うことをやるんだ!!」
「理想の前にはみんな不安になる。それが現実の壁なんだ。」
「でも…それでもお前はやらなきゃいけない!!」
「どれだけ傷ついても孤独でも…お前は理想を見せなきゃいけない!!」
「ジャンボ鶴馬のように!!」
「お前は…お前は、教師だから!!」

は整合性ないんじゃいか、という意見もあるようですが。
FLAG37で純が語った「プロレスの魅力」に、思わず反応してしまったのを見てもわかるように、桂馬は純を、孤立したとしても「現実よりも理想」を追求できる人間だと桂馬は思っていたようです。

それに対してFLAG38では、純が桂馬の孤独の原因を理想の追求のためとは考えず、現実への逃避と認識して桂馬にゲームをやめさせようとしました。だからこそ「お前…なんにもわかってないな」という失望につながったのです。

・「なにもわかっていない」という言葉の真意
FLAG38の「お前…なんにもわかってないな」の真意は、FLAG41でやっと語られています。
純の
「あんたがそもそものつまずきだったのよ!!」
「今度こそ…うまくいくはずだった…」
「私も大人になったし、いっぱい勉強もしたし!!」
「理想の先生になれたのよ…」

に対して桂馬が返したのは
「やっぱりお前は…何もわかってないんだな。」
という言葉。
純はまだ「理想の先生」になれていないということ、それは今も昔も「自分の理想を押し付ける」までは出来ても、孤独に負けてしまっているからです。

☆現実に失望しつつも、現実に理想を増やしている桂馬
今回桂馬は純に失望しながらも、真の理想の追求者へなるための方法を純に教えました。
更に「また、帰ってきてよ。」と、純の理想に期待を寄せています。(桂馬が初めて、攻略対象と自分の未来を示す言葉を使ったのはちひろ編の「不安になった時は、いつでもボクが助けてやる!!」
現実が簡単に変わるわけない、と言っていた桂馬は、ちひろ編以降(主に高原歩美の変化を見て以降)「現実を理想で満たす」という考えになってきているように思えます。

…長くなったので、この続きは考察レポート②で。今日中にあげられるかは疑問…

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色々言いたいこともあったのですが

何処に書くか、また書くべきか否かで逡巡しているうちにのろまったヘタレです。
困ったもんですねえ、色々と…

本文中や本スレでも触れられていた"矛盾"の件ですが、私はそのように思いませんでしたねえ。
私の凡庸な頭脳では予測できずに「ああ、そう来たか」と感服しただけでした、ええ。
細かい点はほぼ同意なんで、私から言うことは特にないです。
なら書くなって話ですね、すいません。

今回秀逸だと感じたのは、純の泣き顔とラストカットです。
大人(まあ20前後ではまだまだ…とは思いますが)の女性にああいう顔をさせる桂馬、そしてタミー先生は流石です。
そしてラストカットの爽やかさ。
青春小説の読後感にも似た清涼さでした。

さて、今回6話かけた最長編となったわけですが、これが今後の一巻一人攻略への布石とみるのは早すぎますかね。
[ 2009/02/22 23:12 ] [ 編集 ]

@さん、こんにちは~
>何処に書くか、また書くべきか否かで逡巡しているうちにのろまったヘタレです。
>困ったもんですねえ、色々と…
いやいや、本当に話したくても話題にしにくいですよねぇ…コメントくださる方も増えてきたし、掲示板でも設置しようかと検討中です…

>本文中や本スレでも触れられていた矛盾の件ですが、私はそのように思いませんでしたねえ。
一部分のセリフだけとると矛盾してるような気もしてきますけど、通して読むとそんなことないですよね。

>なら書くなって話ですね、すいません。この記事みたいに、長文で自分の解釈を説明しちゃうと私の自己満足でしかないですから…
やっぱり他の人と作品について語るのが一番です!コメントは何でもいつでもいいですよ~

>今回秀逸だと感じたのは、純の泣き顔とラストカットです。
>大人(まあ20前後ではまだまだ…とは思いますが)の女性にああいう顔をさせる桂馬、そしてタミー先生は流石です。
>そしてラストカットの爽やかさ。
>青春小説の読後感にも似た清涼さでした。
そう!私は今回の記事で物凄く細かいことをかいてますけど、一番重要なのは、@さんがおっしゃるような部分なんですよね。読者の心のスキマも埋まる感じで!体育館のシーンと、ラストの再会シーンは脳内で鮮やかに再生されたまま離れませんよ~漫画でこんな感覚覚えたの久しぶりです。

>さて、今回6話かけた最長編となったわけですが、これが今後の一巻一人攻略への布石とみるのは早すぎますかね。
おお!その発想はなかったです!でも、人気も安定してきているようなので、今までより時間がかかる話もできそうですよね。1人一巻攻略だとヒロイン達をもっともっと好きになれそうです。
[ 2009/02/23 07:48 ] [ 編集 ]

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