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神のみぞ知るセカイ5巻感想~桂馬と攻略キャラとのやりとりから見えてくる、桂馬の内面の変化~

参考:神のみぞ知るセカイ:神のみ5巻&ポスターズ特典まとめ
今回も加筆修正かなりありますね。後でまとめて記事にします~

☆神の孤独から、人間の孤独へ
神のみ5巻、読みましたっ
まとめて読むと、本誌で追っている時とはちょっと違う感想を持ちました。
というか、リアルタイムの私の感想・考察は桂馬を神格化しすぎ、純に感情移入しすぎで、ちょっとおかしな方向にいってしまってますな。FLAG37~FLAG39の感想では拾えていた、桂馬と純が互いに鏡のようになっている、という点をFLAG40~41の感想で破棄してしまっていますね笑。更には、ちひろ編・純編と精神的にかなり影響がある回が続いたためか、月夜編を「理想vs現実」の流れから切り離してしまって、まともに読めていないという…。(神のみぞ知るセカイ:感想とか元ネタとかまとめ(5~6巻収録分予定)の各記事参照。)

というわけで、今度は冷静?に「桂馬と攻略キャラのやりとりから見えてくる、桂馬の内面の変化」という視点で5巻を見ていこうと思います。

☆理想と現実のあいだで孤独に戦う、純、月夜、そして桂馬
5巻に収録されている長瀬純編も九条月夜編も、「理想」を貫こうとする女の子の戦いの物語となっています。そして一見すると、桂馬は孤独に戦う女の子に「行くべき道を示す」神様であり、迷える子羊に説教をする神父のような存在であるように思えます。

しかし、5巻で純編、月夜編を連続して読むと、桂馬は決して「神」ではなく、純や月夜と同じ位置にいて、彼が純や月夜に向けた言葉は上から目線の説教ではなく、自分自身への問いかけでもあるんじゃないだろうか、と思えてきました。つまり純、月夜の理想と現実のギャップを見て、自分の現実との距離をはかっている、関わり方を模索しているのではないかと。桂馬は「理想に生きる」純、月夜に共感し、純、月夜も「理想に生きる」桂馬に共感するのです。これは、桂馬が独り神の孤独を深めていく2巻と対照的です。(参考:「神のみぞ知るセカイ」第2巻の感想~かのん編と栞編の対比から見えてくる神の孤独~

つまり、ちひろ編ラストの桂馬のモノローグ
「やっぱり現実はクソゲーだ!」
「なのに…みんなこんな現実に四苦八苦してる。」
「ボクは…どうなんだろう…」
「そうだな…ボクは…」

に対する答え、というか自問自答の続きなんだと思うのです。

☆「逃げ」に走らず、理想を見せ続ける「落とし神」と理想を見せ続ける「教師」
例えば、純は桂馬の孤独をすぐに感じ取っています。「現実に期待していない」そして「孤独」な桂馬に、純がかつて経験した、バスケ部のために一生懸命やっても誰もついてきてくれないという「現実への失望」と「孤独」を、無意識のうちに桂馬に重ねて見ていたのでしょう。
そして桂馬も、どんなに嫌がらせしても、めげずに桂馬をかまいつづける純に「理想に生きる」人間を感じていたのだと思います。それが端的に現れているのが、純が桂馬にプロレスの魅力を語る場面ですね。格闘技は現実の強さを追っているけど、プロレスは理想の強さを追っている。桂馬はこの「理想と現実」に、予定にない反応をしてしまう。桂馬が、攻略相手に対して共感をしめすような反応をすることはすごく珍しい。

だからこそ、純のずれが許せなかったのでしょう。純は桂馬のゲーム世界への没頭故の孤独を「逃げ」と表現していましたが、桂馬にとってはゲーム世界が「理想に生きる」ための世界であり、よりゲームを理想に近づけるべく行動も起こしているわけです。(FLAG35「なにかの☆よあけ」参照)
純が、桂馬の行動を「逃げ」と考えたのも、かつて自分が理想を貫けずバスケ部から「逃げ」てしまい、バスケ部を潰してしまったという意識があったのでしょう。
(それを純に意識させるために桂馬が行ったのが、後半の「お前が潰したんだ。」などの揺さぶりですね。)
少なくとも、今の桂馬は「逃げ」ようとはしていません。
「お前、なんにもわかってないな…」
「もうちょっと、わかってるやつかとおもったよ」

という桂馬の本心からの言葉は、理想に生きようとしながら、「逃げ」を選択してしまう純への怒りなのだと思います。

そして、桂馬が二階堂先生に言う
「…不思議だ。あいつが落ち込むと…なぜか気になるんだ」
桂馬がどんなに演技しても、取り合おうとしなかった二階堂先生が、このセリフで折れて初めて純の情報をだす。桂馬の性格を熟知している(そして駆け魂について何か知っていそうなフシがある)彼女が折れたのは、桂馬の「本気」を感じたからじゃないでしょうか。
そしてこの言葉が桂馬の本心だとすると、彼も無意識のうちに純と自分を重ねて見ているように思えます。思えば、桂馬もちひろ編で現実からの「逃げ」としてゲームに没頭していたことがありました。そしてそこから立ち直って出した結論は「現実に失望しても、自分には失望していない」でしたね。

桂馬は純の「逃げ」を揺さぶるような言葉を投げかけ続けた後、こう続けます。
「もっと、理想をおしつけたらいい。」
「他人は気にするな!!お前は…お前のいいと思うことをやるんだ!!」
「理想の前にはみんな不安になる。それが現実の壁なんだ。」
「でも…それでもお前はやらなきゃいけない!!」
「どれだけ傷ついても孤独でも…お前は理想を見せなきゃいけない!!」
「ジャンボ鶴馬のように!!」
「お前は…お前は、教師だから!!」

これ、「教師」を「落とし神」に置き換えたら、そのまま桂馬への言葉になるんですよね。
桂馬は「落とし神」として理想を見せるべく、他の生徒を体育館に集め、金八先生的理想のラストを演出しました。そして、純と桂馬が恋愛としてのキスをするのは、純が教師じゃない一瞬だけ。おそらく、2人きりの体育館で、桂馬と純がキスしても駆け魂は回収できたのでしょう。でも、桂馬は恋愛でも教育でも「理想を見せる」ことにこだわったのです。
(単行本での加筆修正で、かなり分かりやすくなってましたね。本誌との違いとその解説?は別記事であげます。)

☆現実とは違う世界に理想を持つ者は…
純は、現実の中で理想を貫こうとしていました。ですが、九条月夜は「月」そして「人形」という別世界に理想を持っています。そういう意味では、ゲームの世界に理想をもっている桂馬と非常に良く似ています。独りの世界に閉じこもる、というパターンは汐宮栞もそうでしたが、彼女の本当の理想は現実に
あったわけで、桂馬はその本心を看破し、彼自身は「神の孤独」を深めていったワケです。

ですが、月夜は桂馬と同じく別世界を、本心から希求しています。
桂馬は、その根本に両親への不信感があることを見抜きながらも、そこに深く入ろうとはしません。スキマの原因としては、今までのヒロイン達の中でも一番重いものでしょう。ですが桂馬は、その重さを無責任に背負い込むことはしません。
桂馬が選択したのは、ただずっと一緒にいること。そして2人で一緒にいることの楽しさを知って、「月」や「人形」ではない新しい理想を見つけてもらうというものでした。
桂馬は孤独な神ではなく、月夜ととも生きる人間として描かれているのです。

ですが桂馬が月夜とずっと一緒にいたのは駆け魂狩りのためです。
月夜を騙している、というのもまた事実。桂馬はそこに罪悪感を感じているのです。
だからこそ、予定になかった危険に直面しても、迷うことなく月夜を救い、「ボクら一緒に探そう」という、「他人と一緒にいる楽しさ」を肯定する言葉がでてきたのでしょう。
「少し現世にも興味でてきたんじゃないのか?」という言葉も、月夜だけではなく、桂馬自身に向けられたものなのかもしれません。

それでも、桂馬は「落とし神」なのです。桂馬が一緒に理想を追求する相手は、月夜ではなくゲームの中にいる。現世に興味が出てきたとしても、あくまで「落とし神」としての理想に生きるのです。月夜のように、「違う理想」を見つけることはできません。若木先生もあとがきで書いていましたが、月夜→純の順番で読めば、桂馬の現実へ向かう態度が良く分かるようになっていますね。

☆駆け魂がついた月夜の状態は彼女の理想に近い。
そして、もう一つ気になっていることが。FLAG60で、ノーラが「桂馬に大きな心のスキマがあるんじゃないか」と半ば冗談でいっていたけど、駆け魂狩りが始まる前の桂馬の状況は、駆け魂が付いた月夜の状況と良く似ているのです。現実を省みず、ゲームの世界に没頭する。FLAG60の感想では、ちょっと深読みしすぎかなと思ってスルーしましたが、こうして5巻を読んでみると、桂馬の「落とし神」としての超人的な能力は、もしかしたら心のスキマ、そして駆け魂と関係あるのかもしれません。

☆桂馬の駆け魂狩りの姿勢についての補足
桂馬のセリフや行動について説明がなされないことが多いので、「桂馬はごく機械的に攻略しているだけであって、そこに桂馬自身の思いは無い」という解釈をしている方もいるのでしょうが…。
攻略中の桂馬の行動や発言は、ゲームそのままの機械的な引用ではなく、桂馬自身の感情が乗せられている、というのが私の見解です。特にちひろ編以降に関しては、桂馬自身の感情が強くなっていると思っています。
その根拠は神のみぞ知るセカイFLAG32 感想速報版および神のみぞ知るセカイFLAG32 感想とか元ネタとか 前半あたりに書いてるので省略。
関連記事

すいません。
この記事とは関係ないのですが、
桂馬のシールを見つけました!!
アニメイトのチラシとかを無料配布してるとこに置いてありましたよ
[ 2009/07/20 12:28 ] [ 編集 ]

こんにちは~
まじですか!
今度アニメイト見てきます!
情報ありがとうございました~
[ 2009/07/20 14:43 ] [ 編集 ]

本スレが本来のあり方に戻ってきたような・・・

純編における桂馬の攻略は、いろいろな解釈で本スレでも再び話題になってますね。

私自身も、プロレス観戦からエンディングへの過程における桂馬の真意が
いまいち理解できていなかったのですが
この記事でつながりました。

なるほどーって感じですね。



そしてこの記事を読んで思ったのは新キャラのノーラについて。
この手段を選ばず駆け魂を出そうとするノーラの攻略は桂馬の攻略と対比的に捉えることができて
また話に厚みがでてくるんだなー。

そして天理編が待ちきれない今日この頃・・・
[ 2009/07/20 15:54 ] [ 編集 ]

本スレは未だに怖くて覗けないですな…ここ数ヶ月はURL抽出しかしてなかったです。
コメント見てやっと覗く勇気が出て、見てきました。おもしろいですね。規制くらってて書き込みできないのが絶望的です…

私の感想記事って、基本的に若木先生の伝えたいことってなにかな、と考えて、それを文章にしようとしているんですけど、間違っていることもあるとは思うので笑、ホントはもっといろんな視点の感想・考察記事を紹介できたらいいなと思ってるのですが…

ノーラについては、もっとシリアスっぽく展開することもできそうなんですけど、そこをギャグっぽく描くところが若木先生らしいですね。
明日のサンデーでどう動くか楽しみです。
[ 2009/07/21 23:42 ] [ 編集 ]

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