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神のみぞ知るセカイFLAG72感想にかえて~みんなには見えてるけど、桂馬には見えていないもの~

FLAG72「青春という名のラーメン」
よみましたっ
ついにスミレ編完結です。

現実には理想が足りない。
でも、みんな理想を知らない訳じゃない。
理想の結末を知っているのに、なぜかその結末を選ばないだけなのだ。
だから、みんな現実に四苦八苦しているわけで…

なんで、みんな理想の結末を選ばないのか?
理想の結末への道が見えている桂馬はどうすればいいのか?

ちひろ編、純編を通して、桂馬が現実と理想について考えたこと。
そして、緩やかに現実に巻き込まれはじめたこと。

そんな桂馬の置かれている状況が反映されたシリーズだったんじゃないでしょうか。
純編の時に、理想の結末を演出したのは桂馬だった。
けど、今回、最後の最後を演出したのはお父さんなんですよね。

若木先生のパピルスのインタビューの言葉を引用すると、
「僕は『神のみ』を描くうえで意識しているのは、“そうは言っても現実はこうだからさぁ”とか、現実を掲げて理想を倒すことはしないこと。逆に、理想をもって現実を倒すというかね。」
「みんなどこかで理想と現実のギャップで悩んでるわけですけど、二つを同じ平面上に並べてるから悩むんであって、ほんまの理想は現実とは違うとこにあるんじゃないかってことを、桂馬は見えてるんですよ。」
理想があるからこそ現実でどんな目にあってても頑張れる、そういう意味でのポジティブさを桂馬は持っていて、その視点に立っているからこその“神”なんです。人間界の、教室内の階級としては最下層にいる神ですけどね(笑)。」
(パピルスのインタビューについては、神のみぞ知るセカイ:papyrus[パピルス]vol.23若木民喜先生インタビュー掲載に詳しく書きました。)

桂馬が見えていて、みんなには見えていないもの。
みんなには見えていて、桂馬には見えていないもの。

「みんなには見えている」って書いたら大げさですが。つまり、理想の結末が分かっているのに、それを「そうは言っても現実はこうだからさぁ」の精神で避けてしまう、という気持ち。

ちひろ編以前の桂馬は、「桂馬が見えていて、みんなには見えていないもの」…つまり、現実とは別のところにある理想しか考えていなかった気がします。
ですが、ちひろ編以降の桂馬は「みんなには見えていて、桂馬には見えていないもの」の存在を意識しているように思います。みんなと同じ、「人間」の視点。

6巻の感想で書いたように、現実が桂馬を緩やかに巻き込み始めている今。
里帰り編で、人生の寂しさと、でもずっと心に積み重なっている想いを見た今。
桂馬は「みんなには見えていて、桂馬には見えていないもの」について、緩やかに考え始めているんじゃないでしょうか。

☆さて、本編の話を…
すみません、だいぶ横道それました笑。
今回、面白いなと思ったのは、最後の最後の演出をしたのがお父さんだということ。
そして、「ちょっと似てる」だけのひどい味のラーメンを、お父さんが「オレと同じ味のラーメン」と言ったこと。

おそらく、ちょっと似ているだけのスミレのラーメンを「同じ味」とお父さんがいったのは、「小さなこだわり」の部分をスミレが理解していて、その部分をそっくり再現したからなんだろうなぁ。
091021_1744~01
お父さんと一緒にラーメン屋をやりたい。
娘が大事だからこそ、こんな小さなラーメン屋をつがせたくない。
そんな二人の思いをつなぐために、お父さんが大切にしている「小さなこだわり」を、スミレに再現させる。見事な「理想の結末」です。

さらに、いつもと違うところは、一番印象的な演出をしたのが、桂馬じゃなくてお父さんだということ。
「上本屋」の上に、ぶっきらぼうに書かれた「すみれや」の文字。
とてもとても感動的で印象的で、お父さんらしいなぁと思える演出でありました。

今シリーズのテーマは、やはり「家族」なのでしょう。
里帰り編の「どんなに親密な関係を結んだとしても、みんないつかは消えてしまう。だから寂しい。」「でも、その関係から得た想いは消えずにずっと残っている」というテーマ。
それを見てきたからこそ、桂馬はスミレとお父さんに、「家族」という関係を築いてほしかったんじゃないかな、と思います。

何度も書くけど、「家族」というテーマでありながら、桂馬はヒロインのトラウマをむやみに背負い込んだりしません。いわゆる泣きゲーなら、当然いなくなっている「お母さん」の存在を絡めてくるでしょう。
でも、桂馬はその部分は背負わないのです。
桂馬が導くのは今見えている理想だけ。
私には、そこがたまらなく魅力的にうつります。

すみれやが話題のラーメン屋となった今。
もしかしたら、噂を聞きつけたおかあさんがこっそり帰ってくるかもしれません。
…なんて妄想しながらニヤニヤ。


☆巻末コメント
Q.未だに忘れられない子供の頃の恥ずかしい思い出は何ですか?
A.中学時代のほぼ毎日。

あれですか。バンドとかボンタンとか「響子さんのほうが好き」っていって彼女に殴られたとか…笑。

☆アンケート
よし、帰ってきたら書く!!
https://ml.webshogakukan.com/sunday/enquete/kensho47.html
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F

読んでいて・・・おとーさんが攻略してしまうんじゃないかとハラハラw
[ 2009/10/22 06:44 ] [ 編集 ]

全く触れられていませんが、

お久しぶりです。

念のためにスミレ編のコメントを全部読んでみたのですが、もうさんもコメントされてる方もお書きになっていませんけれど、スミレ編は伊丹十三監の督映画「タンポポ」を下敷きにしてますね。

ヒロインがスミレ、タンポポと野の花の名前で、しかもカタカナ書きである点。
ラーメンをテーマとして扱っている点。
売れないラーメン屋が流行るようになる点。
ラーメンの達人が最初に現われて解説をする点(映画ではラジオ放送)。
そのためにラーメンが食べたくなる点。
スープがうまくできなかったので、臨時休業をする点。
客の細かい注文を覚えて、それを繰り返す点(映画ではゴローは全部覚えていなくて、タンポポが全部覚えている、というように逆になってますが)。

他にもいくつか類似するエピソードがあったと思います。

何しろ1985年の映画ですから、覚えている人も少ないと思いますがw。

結構面白い作品なので、DVDでご覧になってみては如何でしょうか。
[ 2009/10/27 19:52 ] [ 編集 ]

かいちょさん、こんばんは~
タンポポへのオマージュは、若木先生が解説で触れてますね。
http://blog.wakakitamiki.coolblog.jp/?eid=1292656
かいちょさんの解説読んでるとタンポポ見たくなってきました~
というわけで明日さっそく借りてこようと思います笑。
比較してみて感想かけたらいいなぁ…
貴重なコメントありがとうございました!
[ 2009/10/27 21:33 ] [ 編集 ]

Fさん、コメント遅くなってしまいスミマセン!
今回はお父さんが以前までの桂馬の役割やってましたよねー。
桂馬は完全に謎のいい人の位置だし笑。
[ 2009/10/27 21:35 ] [ 編集 ]

そっか、ご本人が書いてらしたんですね。

もうさま:

三週間ほど携帯しか使えない時期があって、blogの巡回とかできなかったため、若木先生のblogにもアクセスできませんでした。

って、いい訳ですが(汗。

> 京都に来たらおいでませハマムラ

これは京阪神の人間しか分からないかもしれないですねぇ...
若木先生のblogを見るまで気づかなかった。

ハが眉毛、マが目、ムが鼻、ラが口になってるんですね。
そういう絵の新聞広告があります。

ハマムラ京都店は、確か四条河原町から河原町通を少し北に上がったところにあったと覚えてます。ラーメンだけじゃなくて、中華料理店だったと思います。
[ 2009/10/28 10:20 ] [ 編集 ]

いやいや、でもオマージュなのは冒頭だけだと思っていたのでコメントいただいてコレは見るしかないって気になりましたよ!
さっそく今日DVD借りてきてしまいました。伊丹監督の作品はマルサの女しか見たことないので楽しみです。
ハマムラ行ってみたいんですよね~今度京都に行く機会があったら行ってみたいと思います。
前行った時はケーキ屋めぐりで終わってしまったので笑。
[ 2009/10/28 18:09 ] [ 編集 ]

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