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神のみぞ知るセカイFLAG113感想~桂馬が現実でも強い理由~

FLAG113「A.I」
だいぶ遅れました…後で加筆修正して別記事にするかも。
今回は考えることが多かった!!


今週のあおり【完璧なる人間】を創る…ほぼ不可能に見えるこの課題に桂馬は?

よみましたっ
巷ではDVD付き限定版10巻発売とか、神のみフェアとか、特典ハクア祭りで盛り上がっていますが…
私の手元にはまだ何一つないという悲しい状況です涙

閑話休題。
倉川灯編、ひとまず完結。(でいいのかな)

☆桂馬自身のことを話す桂馬のレアさ
不完全だからこそ、セカイは成り立つ。不完全だからこそ、理想の人間。
それをはっきり桂馬が言葉にした。この意味は結構大きい気がします。

桂馬は、自分の感情や考えそっちのけで「目の前の女の子が何を求めているか」を考えます。
だから、自分自身の感情が、話す言葉としても、モノローグとしてもでてこない。
桂馬、君はいったい何を考えているんだと。それは本心なのか、それとも攻略のためなのか、と。
読者はいろいろ想像を巡らせながら読むことになるわけです。

だけど、今回は桂馬の口から「不完全が理想」という、桂馬自身の体験を通した考えが出た。
(9ページ目、桂馬が良く見るであろう4人の女子が映るのもそれをあらわしているっぽい)

☆桂馬の「神」としての自覚
桂馬自身の体験がもとになった感情や考えがはっきりと言葉になっていた場面は、もう一つあります。
ちひろ編のラストの「なぜみんな悩むと分かっていて現実の中でもがくのか」という問いがそれです。

正しくは4巻p109。
「やっぱり現実はクソゲーだ!」
「なのに…みんなこんな現実に四苦八苦している。」
「ボクは…どうなんだろう」
「そうだな…ボクは…」
「…」
(神のみぞ知るセカイのロゴ)


今回の「不完全が理想」「不完全だから前に進める」という答えは、この時の問いの裏返しの答えな気がするのです。

そして文字で表現はされていなかった、この「…」の意味。ちひろ編を通して、自分の不完全さを自覚し、決してぶれない価値観と自分への絶対的な自信を手に入れた桂馬は、それを武器に前日世界で前に進み、現実世界を変えていく「神」としての決意をしたんじゃないかと…考えたら面白い!!
(ちひろ編で桂馬が手に入れたもの=不完全さの自覚、ぶれない価値観と絶対的な自信…というのは私の持論です。気になる方はここからちひろ編の感想をひろって読んでいただければと思います。)

そして、やはり気になるのが、ちひろ編ラストの桂馬のモノローグの後の「神のみ」ロゴ。
セカイを変えていく「神」としての桂馬の本当のスタートは、ここだったんじゃないでしょうか。
二次元の神から、もっとおおきな世界の神へ…

☆「現実はクソゲーだ!」は絶対だ
不完全な人間の駆け魂もちの女の子は悩むことで、現実セカイで前に進む。
完全な人間だった(それは現実と関わろうとしなかったからなのですが)以前の桂馬は現実セカイで前に進むことはなかった。

でも、駆け魂狩りと関わった後の桂馬はだんだんと「不完全」になっていってるんですよね。

なっていってる、ていうのはちょっとおかしいかな。
もともと関わろうとしなかった故の、理想のセカイをしってるが故の、完全だった。
現実世界に向き合ったら、だれしも「不完全」な部分がでてくるんだと。

現実世界で悩みながら前に進む。
そして現実世界を変えていく。
それが桂馬であり、桂馬が今まで出会ってきた女の子たちです。
あくまで、現実世界を変える話。現実世界を生きる話。

しかし、神のみは、桂馬がサイト落とし神を閉鎖し、ゲームを離れ、現実を受け入れる…という話にはならないはずです。

現実がクソゲーなのは、「現実を生きる=妥協を知る」だから。
悩んで、前に進むのは怖くて。だから妥協して、思考停止する。
桂馬は、これが嫌いなのです。
(純編を読むとよく分かると思います。)

だから、現実を見下す!!
ぶれない価値観と、自分への絶対的な自信を武器に、現実=妥協と思考停止と戦う「神」。
そんな、冷静で、だけど熱い信念をもっているのが桂馬なんです。

☆そして、桂馬が現実でも折れない強さを手に入れた理由
灯編を読んで、まず思ったのは、桂馬はホントに強くなったな!!ということです。
なぜなら桂馬は、現実から逃げて、妥協、思考停止の状態になったことがあったから。
4巻ちひろ編。p49~p54。現実女に浴びせた言葉が自分にそのまま返って来て、おもいっきり心折れてゴキブリ状態。そのままゲームの世界へ没頭。思考停止。(…で、我らがあゆみんが登場するわけですがここは略)

今回も、ことごとく反論されて、攻略に嫌気がさして。
そんな状況で、だだはこねても笑、前みたいに妥協はしない。思考停止しない。
これはやはり、ちひろ編で得たもの(不完全さの自覚、ぶれない価値観、絶対的な自信…詳しくは上記)が大きいんだろうなと思います。

よく読んでみれば、ちひろ編の流れと似ているんですよね。相手に自分の攻撃がきかないどころか返り討ちにあう。自分の手の内みせる。お互いに不本意な交流。だからこそ、ちひろ編の桂馬との違いがよくわかります。

さらに、今シリーズの倉川灯は、桂馬の現在までの過程を映したような感じになってるんじゃないかとおもいます。
自分のセカイで暮らしていたのに、無理矢理現実セカイにひっぱりだされて。
冷静でいたくても、冷静なフリをしていても、完全に冷静にはいられず。
自分の不完全さに気づく。
しかし、自分の価値観と信念は強くもち、自分の力で現実世界を変えていく。
これが、今までの桂馬であり、そして今回の灯だったんじゃないかと。

過去の桂馬と現在の桂馬。二次元の神から、人間へ、そして、全ての世界の「神」へ。
そんな道筋が見える気がします。

若木先生もいっていましたが、灯編はいろんな意味で、今までの集大成といった感じですね。

最近は、現実で四苦八苦する人々にふりまわされることが多かった桂馬。
ここからより強力に「神」へむかうのかも…これは単行本表紙の解釈の話へもつながりそうだけど。


☆その他
・灯の二面性っていうところは結構いい線いってたと思う笑(自画自賛)。やはり汚い格好は話しかけられないためのカモフラージュだったのかぁ。アルバトロス姫といっしょですね。
・文化祭までに…の伏線が気になる!檜編で出てきたあの悪魔っこと関連あるのだろうか。
・二階堂先生かっけえええ!どういう役職の方なんでしょうね。GRGRさんの二階堂先生=ドクロウ説が頭をもたげる…
・神のみ読んでると言葉(特殊な世界観の用語という意味じゃなく、普段自分たちが使う言葉)の意味について考えてしまう。読み手の内面とか価値観にぐっと迫って来る部分。今回の「完全」と「理想」の違いとかね。こういう部分まで踏み込んでくるから「信者」的な人も強烈なアンチも増えるんでしょうね


☆巻末コメント
Q.いま好きなスポーツ選手がいたら教えてください。
A.ガンバの遠藤。


関連記事

神のみは哲学

いまさら考察ですみません

「完成したらとまってしまう・・・」
「不完全が理想なんだ・・・」

七香編での、天理の台詞と繋がってるのでしょうかね

「幸せになりたいから、みんな悩んじゃうんだ」

そして、灯編は七香編と同じように、桂馬の考えたように進まなかった話です

これは、何かしらを感じざるを得ません
[ 2011/07/06 23:43 ] [ 編集 ]

Re: 神のみは哲学

コメントありがとうございます~!
コメントタイトルに全力で同意したいです笑

神のみには後から見てわかるセリフとセリフの繋がりってたくさんありますね…!
ご指摘の箇所もあらためて読んで考えたくなりました…!!

ちひろ編以降、哲学的というか、現実と理想の話がちょくちょく顔をのぞかせるようになって
女神が登場して以降(つまり天理編以降)は、お話の表面に出てこなくても、ずっと現実と理想ってテーマがただよっているイメージがありますー。
[ 2011/07/08 21:21 ] [ 編集 ]

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